『イントレランス』(英語: Intolerance)は、1916年に公開されたアメリカ映画である。モノクロ・サイレント。監督・脚本はD・W・グリフィス、主演はリリアン・ギッシュ。
いつの時代にも存在する不寛容(イントレランス)を描き、人間の心の狭さを糾弾した。この物語では4つの不寛容のエピソードが挿入されている。その4つのエピソードは、現代のアメリカ(製作当時)を舞台に青年が無実の罪で死刑宣告を受ける「アメリカ篇」(『母と法律』のストーリーにあたる部分)、ファリサイ派の迫害によるキリストの受難を描く「ユダヤ篇」、異なる神の信仰を嫌うベル教神官の裏切りでペルシャに滅ぼされるバビロンを描く「バビロン篇」、フランスのユグノー迫害政策によるサン・バルテルミの虐殺を描く「フランス篇」で、この4つの物語を並列的に描くという斬新な手法を用いて描いた。
本作は巨大なセットを作り、大量のエキストラを動員させるなど、前作『國民の創生』よりも高額の38万5000ドルの製作費を投じ、文字通りの超大作となったものの、興行的に大惨敗した。しかし、4つの物語を並行して描くという構成や、クロスカッティング、大胆なクローズアップ、カットバック、超ロングショットの遠景、移動撮影などの画期的な撮影技術を駆使して映画独自の表現を行い、アメリカ映画史上の古典的名作として映画史に刻まれている。そんな本作は映画文法を作った作品として高い芸術的評価を受けているだけでなく、ソ連のモンタージュ理論を唱えた映画作家を始め、のちの映画界に多大な影響を与えた。
ストーリー
この映画は、4 つのエピソードを並行して構成されており、クライマックスに近づくにつれて、エピソードのクロスカッティングの頻度が増し、人類が時代を超えて根強く持つ不寛容さを描いている。
古代の「バビロニア編」(紀元前 539 年)は、バビロンの王子ベルシャザールとペルシャのキュロス大王の争いを背景に描き、バビロンの陥落は、バビロニアの 2 人の敵対する神々 、ベル・マルドゥクとイシュタルの信者間の争いから生じた不寛容の結果として描く。 ベル神に仕える高僧の奸計で滅亡の危機に追い込まれたバビロンの王子ベルシャザールを山の娘の愛し、攻めてくるペルシャの大軍からバビロニアを救おうとする。
聖書の「ユダヤ編」(西暦 27 年頃)は、カナの婚礼と姦淫の罪で捕らえられた女の後、不寛容がどのようにしてイエスの磔刑につながったかを描く。4 つのエピソードの中で最も短い。
ルネッサンス時代の「フランス編」(1572年)は、カトリックのヴァロワ王家によって煽動されたプロテスタントのユグノー教徒に対する聖バルトロメオの虐殺につながった宗教的不寛容について描く。
アメリカの「現代編」 (1914 年頃) は、犯罪、道徳的清教徒主義、そして冷酷な資本家とストライキ中の労働者との対立が、いかにして社会から取り残されたアメリカ人の生活を破滅させるかを描く。 資本家のアーサー・ジェンキンズは、独身の妹のメアリーの慈善事業のために、もっとお金を稼ごうと労働者の賃金を1割削減するよう命じる。反対する労働者のストライキはアーサーが動員したギャングに鎮圧され、町を離れざるを得なくなった人々の中に、ストライキで父親を殺された青年、乙女、乙女の父親と孤独の娘がおり、大都会に向かう。 孤独の娘は”貧民街の銃士”というギャングの情婦となり、青年もギャングに加わる。乙女の父親が死んだので、青年は乙女と結婚して犯罪から逃れようとするが、銃士の罠にかかり、窃盗の罪を着せられる。 青年が刑務所にいる間に妻は子供を産むが、ストライキを扇動した同じ「社会向上運動主義者」によって子供を奪われてしまう。銃士は子供を取り返してやるという口実で青年の妻に言い寄り、青年が刑務所から釈放されると、彼は銃士が妻を強姦しようとしているのを発見。青年と銃士との間で争いが始まり、この様子を見て嫉妬に燃えた銃士の情婦の孤独の娘が、銃士を射殺して逃げる。青年はピストルを拾い上げたところを見つけられ、殺人罪に問われて、死刑の宣告を受ける。 乙女は州知事に嘆願書を出すが受け入れられず。死刑執行の直前、親切な警官が真犯人を見つけるのを手伝い、乙女は刑の執行を中止させようと監獄に駆け付け、危ないところで青年の命を救う。
キャスト
- 揺り籠を揺らす女:リリアン・ギッシュ
- エピローグの少女:ヴァージニア・リー・コービン
- エピローグの少年:フランシス・カムポー(英語版)
【現代アメリカ篇】
- 乙女:メエ・マーシュ
- 青年 - ジェンキンス工場の労働者:ロバート・ハーロン(英語版)
- 乙女の父親 - ジェンキンス工場の労働者:フレッド・A・ターナー(英語版)
- 孤独な娘 - 青年の元隣人:ミリアム・クーパー(英語版)
- スラムの銃士ウォルター・ロング(英語版)
- 親切な警官:トム・ウィルソン
- メアリー・ジェンキンス - 慈善活動を行うアーサーの妹:ヴェラ・ルイス(英語版)
- アーサー・ジェンキンズ - 資本家:サム・デ・グラッセ(英語版)
- 裁判長:ロイド・イングラム
- 市長:ラルフ・ルイス(英語版)
- 刑務所の牧師:W・A・マクルーア
- 親切な隣人:ドア・デビッドソン(英語版)
- その妻:アルバータ・リー
- ストライキの指導者:モンテ・ブルー
- 検事:ジョン・P・マッカーシー
- 弁護士:バーニー・バーナード
【中世フランス篇】
- ブラウン・アイズ:マージョリー・ウィルソン(英語版)
- プロスペル・ラトゥール - ブラウンの恋人:ユージン・パレット
- ブラウンアイズの父:スポティスウッド・エイトキン(英語版)
- ブラウンアイズの父:ルース・ハートフォース
- 傭兵:アラン・シアーズ
- カトリーヌ・ド・メディシス - シャルル9世の母:ジョセフィン・クローウェル
- シャルル九世 - カトリックの国王:フランク・ベネット(英語版)
- アンジュー公アンリ - シャルル9世の弟:マックスフィールド・スタンリー
- コリニー提督:ジョセフ・ヘナベリー(英語版)
- 王妹マルグリット:コンスタンス・タルマッジ
- ナバラ王アンリ - ユグノー派:W・E・ローレンス(英語版)
- 牧師:A・W・マクルーア
- 牧師に匿われる少女:ペギー・カートライト
【ユダヤ篇】
- イエス・キリスト:ハワード・ゲイ(英語版)
- 聖母マリア:リリアン・ランドン(英語版)
- マグダラのマリア:オルガ・グレイ(英語版)
- 花嫁:ベッシー・ラヴ
- 花婿:ジョージ・ウォルシュ(英語版)
- 花嫁の父:ウィリアム・H・ブラウン
- 結婚式のゲスト:W・S・ヴァン・ダイク
- パリサイ人:エリッヒ・フォン・シュトロハイム、エリッヒ・フォン・リツァウス、ウィリアム・コートライト
【バビロン篇】
- 山の娘:コンスタンス・タルマッジ
- 吟遊詩人 - ベルの司祭に仕える:ラプソドス:エルマー・クリフトン
- ベルシャザール王子 - ナボニドス王の息子:アルフレッド・パジェット(英語版)
- 王の寵姫:シーナ・オーウェン(英語版)
- ベル・マルデゥクの司祭:タリー・マーシャル
- キュロス王:ジョージ・シーグマン
- ナボニドゥス父王:カール・ストックデール(英語版)
- 勇猛な兵士:エルモ・リンカーン(英語版)
- 山の娘の兄:フランク・ブラウンリー(英語版)
- 踊り子:ルース・セント・デニス・ダンサーズ
- 戦死する息子:ウォーレス・リード
- ベルの司祭の部下:ジョージ・ベレンジャー
- 城門の隊長:テイラー・N・ダンカン
- 裁判長:ジョージ・フォーセット
- ハーレムの少女:ミルドレッド・ハリス、カーメル・マイヤーズ、ナタリー・タルマッジ、イヴ・サザーン(英語版)
- 猿を肩に載せた兵士:ダグラス・フェアバンクス
【役柄不明】
- トッド・ブラウニング
- フランク・ボーゼージ
- ドナルド・クリスプ
- コンスタンス・コリアー(英語版)
- ハーバード・ビアホーム・トゥリー(英語版)
スタッフ
- 監督:D・W・グリフィス
- 製作:D・W・グリフィス
- 脚本:D・W・グリフィス
- 撮影:ビリー・ビッツァー(英語版)
- 編集:D・W・グリフィス、ジェームズ・スミス、ローズ・スミス
- 美術:ウォルター・L・ホール
- 衣装:クレア・ウェスト
- 特殊撮影:ハル・サリバン
- 撮影協力:カール・ブラウン
- 撮影助手:ルイス・ビッツァー
- 助監督:ハーバード・スッチ
- バビロン編B班監督:シドニー・フランクリン
- 現代アメリカ編助監督:トッド・ブラウニング、ロイド・イングラム、モンテ・ブルー、エドワード・ディロン
- 聖書編助監督:W・S・ヴァン・ダイク
- バビロン編助監督:エルマー・クリフトン、ジャック・コンウェイ、アラン・ドワン、ヴィクター・フレミング、シドニー・フランクリン、ジョセフ・ヘナベリー(英語版)
- 作詩:ウォルト・ホイットマン
- 脚本(字幕):トッド・ブラウニング、ヘッティ・グレイ・ベイカー(英語版)、アニタ・ルース(英語版)、フランク・E・ウッズ(英語版)、メアリー・H・オコナー(英語版)
- プロダクションアシスタント:エリッヒ・フォン・シュトロハイム
製作
本作は、異例の大ヒットを記録した前作『國民の創生』を発表したグリフィスが、この作品を製作するために自らの出資で設立したウォーク・プロデューシング・コーポレーションで製作し、グリフィスが当時参加していたトライアングル・フィルム・コーポレーションが配給した。この作品の前に『母と法律』という作品を製作していたが、これに3つの物語を挿入して『イントレランス』として完成させた。1915年の夏ごろに製作を開始したが途中で資金が無くなったため、前作『國民の創生』で得た収入を製作に投資した。
「バビロン篇」ではサンセット大通りの脇に高さ90メートル・奥行き1200メートルにも及ぶ巨大な城塞のセットをつくり、城壁は馬車2台が余裕で通れるほどの幅があった。石造建築を含むこの古代バビロンのセットは解体に費用がかかりすぎて、何年も放置された(後述)。
本作の主演はリリアン・ギッシュであるが、彼女は4つの物語には登場せず、物語の間のつなぎに登場する揺り籠を揺らす女性役で出演している。この女性は寛容の象徴・聖母マリアをイメージしているという。出演者にはギッシュ、メエ・マーシュなど、グリフィス作品の常連が出演しているほか、ダグラス・フェアバンクスや監督になる前のフランク・ボーゼージ、エリッヒ・フォン・シュトロハイムらもエキストラで出演している。
公開・反響
作品はもともと8時間の長さに及び、グリフィスは4時間ずつに分けて2部構成で公開しようと考えていたが、興行主の反対で3時間ほどに短縮された。1916年8月5日にカリフォルニアで先行公開され、9月5日にニューヨークのリバティ劇場で封切られた。しかし、4つの物語が同時並行的に進行するという構成があまりにも斬新過ぎて難解だったこと、第一次世界大戦初頭の反戦ムード・厭戦ムードの中で「不寛容」をテーマに構想された映画が、制作が長引いた結果、参戦ムードが高まりはじめた1916年に公開されたために時代の空気と内容が合わなかったこと、アメリカ以外の話も取り上げていたため観客の関心をひかなかったことなどが理由で、興業的には大失敗してしまう。配給元のトライアングル・フィルム・コーポレーションもこの失敗で1917年に製作を停止している。さらにこの影響で壮大なバビロンのセットの解体費用も賄えず、このセットは数年の間廃墟のように残ってしまった。
日本では、1919年(大正8年)3月、小林喜三郎が当時桁外れに高額な入場料である「10円」で興行を打ち、大ヒットする。日本では4つの並行モンタージュを再編集して解消している。この編集を行ったのは岩藤思雪である。小林は同興行で得た資金で、同年12月に国際活映を設立した。
1989年に、最高入場料8,000円でオーケストラの伴奏付きでリバイバル上映された。リバイバル版にはリチャード・エドランド作の新たなオープニング映像が加えられている。この上映会は同年に日本でも開催され、フルオーケストラ(大友直人指揮:新日本フィルハーモニー交響楽団演奏)の演奏付きで、日本武道館・大阪城ホールおよび名古屋の日本ガイシホールの3か所で行われた。同年、アメリカ国立フィルム登録簿に登録された。
現在、作品はパブリックドメインのため、上映時間の異なる様々なバージョンが流布している。16ミリプリントを原版とするキリアム版(176分)、35ミリプリントを原版とし回転数の遅いキノ版(197分)、ケヴィン・ブラウンローとディヴィッド・ギルによる復元版(197分)、ZZプロダクションがアルテ・フランスらと共同で復元したデジタル復元版(177分)の4つのバージョンが主に存在する。日本ではIVC(162分)と紀伊國屋書店(177分)からDVDが発売されている。
評価
ランキング
- 「映画史上最高の作品ベストテン」(英国映画協会『Sight & Sound』誌発表)※10年毎に選出
- 1952年:「映画批評家が選ぶベストテン」第5位
- 1962年:「映画批評家が選ぶベストテン」第26位
- 1982年:「映画批評家が選ぶベストテン」第32位
- 1992年:「映画批評家が選ぶベストテン」第26位
- 2002年:「映画批評家が選ぶベストテン」第45位
- 2012年:「映画批評家が選ぶベストテン」第40位
- 1958年:「世界映画史上の傑作12選」(ブリュッセル万国博覧会発表)第7位
- 2000年:「20世紀の映画リスト」(米『ヴィレッジ・ヴォイス』紙発表)第17位
- 2007年:「アメリカ映画ベスト100(10周年エディション)」(AFI発表)第49位
- 2008年:「史上最高の映画100本」(仏『カイエ・デュ・シネマ』誌発表)第65位
- 2013年:「オールタイムベスト100」(米『エンターテイメント・ウィークリー』誌発表)第50位
以下は日本でのランキング
- 1988年:「大アンケートによる洋画ベスト150」(文藝春秋発表)第76位
- 1995年:「オールタイムベストテン・世界映画編」(キネマ旬報発表)第30位
後世への影響
タヴィアーニ兄弟監督による映画『グッドモーニング・バビロン!』(1987年)は、『イントレランス』製作の舞台裏を描いた映画である。
アニメ版『キテレツ大百科』に『イントレランス』を観て感動したキテレツ、コロ助、みよ子、ブタゴリラ、トンガリの5人が航時機に乗って『イントレランス』を撮影中のD・W・グリフィスに会いに行くエピソードがある(第56話)。
日本の映像、舞台、イベント業界では建築で用いられる金属製の足場のことを「イントレ」という業界用語で呼称するが、これはバビロンのセットで俯瞰撮影を行うために多くの 俯瞰用の足場を組んだことから、これをこの映画のタイトルで呼ぶようになり、それが略された事に由来すると言われる。
脚注
外部リンク
- Une analyse du film
- イントレランス - allcinema
- Intolerance - IMDb(英語)




