サンテミリオンは競走馬の馬名であり今日に至るまで同名の競走馬が2頭存在する。
1.2007年産の日本の競走馬でありゼンノロブロイ産駒。GI優駿牝馬を優勝している。
2.2011年産のニュージーランドの競走馬でありマスタークラフツマン産駒。GIニュージーランドステークスを優勝している。
本項では1の日本の競走馬について紹介する。
サンテミリオン(仏:Saint-Emilion)は。日本の競走馬である。おもな勝ち鞍は2010年の優駿牝馬。馬名はフランス有数のワインの産地、世界遺産であるサン=テミリオン地域に由来する。
戦績
2010年1月5日中山競馬場の新馬戦芝2000mでデビュー。1番人気に応えて初戦を勝利した。2戦目は1月24日の500万下の若竹賞でここでも3番人気だったが、直線抜け出して2勝目をあげた。3戦目で初の重賞挑戦となったフラワーカップは、後ろからの競走となってしまい3着となった。陣営は桜花賞への出走を選ばず、優駿牝馬(オークス)を目標にしたローテーションを組んだ。そして4月25日のフローラステークスでは1番人気に応えて重賞初制覇となった。
5月23日、雨の中で開催された優駿牝馬ではリング銜を着用、 8枠18番という外枠での発走から中団後方を追走し、最終直線残り1ハロンあたりからアパパネとの叩き合いになり、そのまま並んで2頭がゴール板を駆け抜けた。15分近い写真判定の結果、アパパネと1着同着となった(JRA主催GIでは史上初、2021年5月1日現在でJRA主催G1での同着優勝はこのレースのみである)。この結果、鞍上の横山典弘に初の優駿牝馬優勝を、調教師の古賀慎明には初のGI制覇をもたらした。そしてゼンノロブロイ産駒にとっても初のGI優勝となった。
秋はトライアルレースを使わずに秋華賞に直行することとなった。それまで主戦を務めていた横山典弘が落馬負傷したため藤岡佑介に乗り替わりとなったが、迎えた本番ではゲート内で扉に顔をぶつけスタートで出遅れるというアクシデントに見舞われ、また頭をぶつけた際に口を切り出血していたためハミを取ることができず、終始最後方のまま6馬身の大差しんがり18着に大敗した。エリザベス女王杯では主戦の横山が武蔵野ステークスでユノゾフィーに騎乗するため、ミルコ・デムーロを鞍上に迎えたが、中団追走も直線で伸びを欠いて9着に敗れた。
2011年はクイーンステークスで始動、中団追走も直線で全く伸びず最下位14着。府中牝馬ステークスでは中団後方を追走するも11着に敗れた。エリザベス女王杯では終始後方のまましんがり18着に大敗した。
2012年はアメリカジョッキークラブカップで始動、好位から脚を伸ばして4着となった。ダイヤモンドステークスでは中団追走も直線で全く伸びず12着に大敗。日経賞は先団追走も直線で伸びを欠いて6着、目黒記念は最下位18着に敗れた。夏は休養し、この年はあと3走したがいずれも着外に終わった。2013年1月のアメリカジョッキークラブカップ11着を最後に現役を引退。北海道千歳市の社台ファームで繁殖牝馬として供用された。
2024年3月4日、病気のため、繋養先の社台ファームで死亡した。
競走成績
以下の内容は、JBISサーチおよびnetkeiba.comに基づく。
繁殖成績
- 2024年10月4日現在
血統表
母はフランスの重賞フロール賞勝ち馬。祖母も重賞クレオパトル賞勝ち馬である。
スポーツ紙等での略称
前述の通り、馬名の由来はサン=テミリオンなのだが、スポーツ紙等で略称で表示する際に「サンテ」あるいは「ミリオン」と、由来の言葉とは違うところで区切った略し方で表示されることが多い。
脚注
外部リンク
- 競走馬成績と情報 netkeiba、スポーツナビ、JBISサーチ、Racing Post

